Finding My Way (1996, POI Records)

BB ショーン、またはショーン・イシモトとして知られるアーティストのデビュー・アルバム。

BBショーン、または彼の本名であるショーン・トモヤ・イシモトはハワイで最も才能あるミュージシャンの一人で、彼の元のステージネーム、「B. B」はブラインド・ボーイ(盲目の少年)から来ている。

1979年(?)にホノルルで生まれた彼は生まれた時から両目が網膜のガンの為、ほぼ全盲だった。
彼の音楽的才能は両手にスプーンや砂遊び用のシャベルを持てる様になった時にはすでに発揮されていた。たった2歳にしてビーチで砂バケツで自分のドラムセットを作った彼は、通りがかったワイキキのプロのナイトクラブのドラマーたちを立ち止まらせたという。
4歳の時にピアノを弾き始め、自分の好きな曲を耳で覚えて弾ける様になり、5歳でドラムを習い、7歳の時には数えきれないほどの楽器と触れてきた。彼はピアノとトランペットの正式な教育を受け、自分でギター、ウクレレ、ドラム、ベース、パーカッションを学んだ。

15歳のときに、偶然、ローカルな小さなクラブでヘンリー・カポノが、彼のステージを見かけて、その才能に驚く。でも、このときの彼は(何故か?)ラッパーとしてプレイしていたという。
そして、ヘンリーは彼をデビューさせるべく、時間をかけて準備をするが、この時すでに、上記の楽器のすべての演奏をほぼ完璧にマスターしており、更にヘンリーを驚かせたという。

1996年に2年余りの準備期間を経て、このデビュー・アルバム「ファインディング・マイ・ウェイ」をリリース。
プロデューサーはもちろん、ヘンリー・カポノ。バック・コーラスには、アーニーとジョンのクルーズ兄弟、ノヘラニ・シプリアーらのクレジットも見える。

収録曲も、ボブ・マーレーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」があるかと思えば、ハワイアンの「ヘネヘネ(コ・ワカ)」
そして、ヘンリーの「フレンズ」をカバーするなど、すでに幅広い音楽的キャパシティーを証明して見せている。
実際、ショーンは、トラディショナル、コンテンポラリー・ハワイアン、スラックキー、ジャズ、ブルース、ポップ、オールディーズ、コンテンポラリーそしてR&Bと幅広いジャンルをカバーしている。

とにかく多彩なショーンは、彼の育ての親であるヘンリー・カポノをはじめ、パヒヌイ・ブラザースブラザーズ・カジメロハパケアリ・レイシェルから、カペナ、フィジー、アーニー・クルーズ、ジョン・クルーズ、そしてロビ・カハカラウに至るまで、ショーンの才能をステージやコンサートだけでなくレコーディングにまで呼ばれこととなる。

ソロ名義で3枚のCDをリリースする一方、様々なローカミュージシャンらとも交流を続けてゆく、それも自らの活動と並行してだ。
カアウ・クレーター・ボーイズではドラムス、ベースでサポートした後にウクレレ・プレイヤーとしても活動する。
ハワイアン・レゲエのティピカル・ハワイアンズでは、ヴォーカリスト、ドラマーとして、オピヒ・ピッカーズではドラマーを務めるといった具合だ。

更には、ナ・パラパライのリードギタリスト兼ヴォーカリストとして、また、元ケアヒヴァイのマイラニ・マカイナイのベーシスト&コーラスなどとしても幅広く活動した。

現在は、アメリカ西海岸に移住し、音楽活動を続けながらも、社会貢献プログラム的な活動を始めようとしているようだ。

この原稿を書こうと、改めて下調べをしているときに、彼自身のLinkedInのページを発見したのだが、ここに事細かく、彼のこれまでの活動履歴が書かれているので、興味ある人は覗いてみてはいかがだろう?

B.B Shawn, Finding MY Way

01: I Shot The Sheriff
02: Hope Joana
03: Coconut
04: Henehene
05: Raillway
06: Vaya Con Dios
07: Why Walk When You Can Fly
08: Golden Stalion
09: Freiends
10: Day-0

残念ながら、この当時の音源は存在していないようだ。だが、彼の才能の一端はこのTV動画で感じ取ってもらえるだろう。